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ストレス うつ病 人間関係の悩み ⑥

        ストレス・うつ病 人間関係の悩み ー ⑥
   アダルト・チルドレンAC <依存・支配>と自立について
                        ー 前書きを読んでくださいー

 すべての人に読んで欲しい、アダルト・チルドレン(A・C)について
 
 アダルトチルドレンの一般論は、たくさんの本が出版されていて、それを読んでいただければ十分です。ここでは、それらの本にあまり書かれていないことを書きます。
 アダルトチルドレンは<大人ないなれない、子供>では無くて、<大人のような子供、もしくはそのように育った大人>のことを言います。
 例えば暴力的なアルコール中毒の父親を持った子供は、安心できる家庭がありません。常に、生活や父親や、母親のことを心配して過ごします。両親が日ごろからいがみ合っていても、親が過大な期待を子供にかけても、過干渉や、子供を相談相手として育てても、子供が子供として安心して生活はできません。

 その結果、心にいつも不安を抱えています。大人になっても、安心できる人間関係を、作ったり・感じることが難しいんです。
 困った事にそうした親は、自分が親から受け継いできた関係であって、自分の問題だと気がつかないことです。愛情ある行為・愛情ある関係だと思っていることなんです。また子供も、「母親は自分のためにしてくれているんだ」と、無理に納得して自分の感情を、押し殺してしまうことです。

 アダルトチルドレンは病気ではありません。悪いわけではないんです。その関係を自覚すれば、アダルトチルドレンではありません。例えば、母親になって「<言うことを聞かない子供に、イライラして手を上げる>のは、母親が私にしていたことなんだ」と気がつけば、気持ちも治まります。

 重要なことは、肉体的な親の子に対する暴力は理解されます。しかし、精神的な抑圧や支配は理解されにくいことです。「子供に勉強を強制する」と言った行為は、親の愛情と区別がつきません。誰でも多少はすることです。したがって、回りから理解されることはあまりません。逆に、「あなたの親は、あなたのことを思ってしたのよ、親に感謝しなさい」と、相談相手に傷つけけられてしまいます。
 だから、皆さんにアダルトチルドレンのことを知ってほしいのです。そして親の愛情が、絶対のものでない事を。
 そして、親子の問題で困っている人は、分かっている人だけに話してください。専門家でも、この問題を理解する人は、本当に少数です。しかし、あきらめないで理解者を探してください。<理解される事>により、楽になるのです。
 ただし、親に理解されようと思っても、難しいと思います。今までうまくいかなったのですから。また親に理解されようと強く願ったり、理解してくれるはずだ、と思うのは問題かもしれません(16・17歳までなら当然かもしれません、)。それは、あなたが持つ苦しみの、もう一つの原因なのです。あなたの、親に対する、依存と支配の関係なのです。

 実は擬似親子関係しか知らない、ほとんどの日本人がアダルトチルドレンなのです。それに気づいているか、いないかなのです。
坂口安吾が言っています「親が無くても子が育つ、では無く、親がいても子が育つ」なのですと。

 何度も書きましたが、<擬似親子関係や自立しないこと>が悪い事ではありません。擬似親子関係しか知らないと、外の世界が見えてこなく、生きづらいからです。
そして、完全な自立もありえません。適度な関係<つかず離れず、和して同せず>なのです。
 さて、ようやく終わりです。どうしましょうか。とりあえず「~~してもらった。~~してあげた。~~に裏切られた。」と言う言葉は使うのを止めてみませんか。(依存と支配の象徴する言葉です)


 ―------  --------- ---------

  最後に

 2003年ごろカンボジアに行った時、ポルポト政権による虐殺の現場を見ました。それまで疑問に思っていた事を、この目で見て確認したかったのです。
 この虐殺事件に対して、現在国際司法裁判が開かれています。少しずつ真相が明らかになりつつあります。最高指導者といわれる、ポルポトはすでに死亡しでおり、関係者が口を閉ざし、外国からの武器援助の問題など、なかなか裁判は進んでいません。
 カンボジアのシアヌーク王政からの歴史は複雑です。敵だった人物と手を組んだり、現政権に、虐殺に関わったと思われる旧ポルポト派の重要人物がいたりするのです。なぜそんなことができるのか、頭が混乱します。

 カンボジアの民族はほとんどが農業で生計を立てています。歴史的にも民族的にも争いを好まず、穏やかで、お人よしとも聞きました。アジアのどこにでもあるのどかな風景があちこちに見られます。
 それなのになぜ、プノンペンから市民を追い出し、貨幣を禁止し、国民の約4分の1の人口にあたる150~200万人近い人を殺したのか。それも自分たちの仲間を、わずか数年で虐殺したのです。これは世界に歴史の中でも、極めてまれな、特別な事件・犯罪だと思います。外の世界の人間・他の部族や国民を殺した歴史は数限りなくありました。しかし、この虐殺では、子が親を、親戚が親戚を、殺したのです。
スターリンの粛清とも少し違います。それは自分の権力を維持するため、スターリンに敵対するだろう勢力(外側)に、向けられていたものでした。
 しかしカンボジアでは、内部へ、内部へ、あたかも自己崩壊(自殺)するかのように、止まることが無くエスカレートしていきました。ツール・スレン収容所での虐殺記録が、物語っています。
 何故、みさかえ無く、エスカレートして行ったのか、それは指導者がいなかったからだと思います。権力の主(かつてのソビエトならスターリン)がいなかったから(個人でなくても)、権力の主体が無かったからこの悲劇が起こったのだと思います。
虐殺を止める人がいなかっただけではなく、止めさせる相手がいなかったのです。

 私は虐殺のエスカレートと言う件に関し、ポルポトと言う人物はさして重要な要素ではなかったと思っています。もちろん、大量虐殺の直接の原因・責任は彼ら指導部にあること間違いありません。それ以外に中国の武器援助、ベトナムの軍事介入、などなど・・。
 しかし根本の問題、それはアジア型の、どこにでもある風景、農村の部落共同体の中での関係性.。集団の内側に向かってのみ存在していた自己が、集団が解体されることによって、見失ってしまった事・崩壊した事にあると思いました。
集団に依存する擬似親子関係が(個人として=意見を言わない・言わせない、動かない・認めない)生んだ悲劇だと確信しました。

                                             終わり

心の問題はここで一区切り、次は体の事、特に現代人の体の異常について書きます。

theme : うつ病(鬱病)、メンタルヘルス
genre : 心と身体

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カンボジャのポルポトの虐殺についての論考、興味深く思いました。内側に向かう支配と依存の関係だったのですね。深い考察だと思いました。

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プロフィール

関本塾 岡崎市

Author:関本塾 岡崎市
愛知県の山奥生まれ、岡崎市に住んでます。そば屋を27年、足つぼマッサージ7年、三味線も弾きます。
 趣味はたくさん、山登り・音楽(作詞・作曲)・オートバイ・旅行(バックパッカー)・手作り工作・猫のミーちゃん・生物医学、などなど、
 癌になって気付きました。心と体の開放(生き生きする事)が1番大事だって!!

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