スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

うつ病 ストレス 人間関係の悩み

足つぼ関本塾ホームページ
 <http://fusekimoto.web.fc2.com/index.htm
☆動画も見てください!http://jp.youtube.com/user/sekimotomario

        ストレス・うつ病 人間関係の悩み ー ③
   アダルト・チルドレンAC <依存・支配>と自立について
                        ー 前書きを読んでくださいー

不安・葛藤について

 多くの日本人は、自己の存在を(アイデンティティー)を集団の中に求め。その集団から抜け出る時、または追い出される時に、強い疎外感や葛藤や混乱がおき。ヨーロッパ人は個と個の関係で自己の存在を規定し、受容されることを求めます(友人関係がとても大切です)。したがって、個々間での関係を否定され孤立すると、疎外感や葛藤が生じる気がします。
しかし、元々一人のでいることへの孤独感は、家族への依存の強いアジア型と違って強くありません。

 よく、アジアのリゾートで1日中、一人で(又は夫婦で)本を読んでいるヨーロッパ人がいます。たとえ時間があっても、日本人にはなかなかできません。ただ、話しかけ「ると待っていたように、返事が来たりします、「アー、やっぱり、一人も寂しいのかな~~」、と思うこともあります。「一人ですか?」と聞くと。「もちろん、一人になりに来たの」、と言うわけです。
又、たまにあるホーム・パーティーは、彼らの孤独の限界点なのかもしれません。(それ以外、人付き合いは、ほとんど無いのですから)

 欧米の家族間で、お誕生日に電話したりカードを送ったり、関係が日本の家庭より親密に見えます。しかし、お互いの意思で結びつきを確認しているような感じです。つまりそれをしないと、親子の関係でも切れてしまうからです。夫婦の関係も、お互いに意思を確認します。確認できなければ別れることになります。(いつもキスをする理由なのかな?でも、私は頻繁にキスするカップルはあまり知りません)
 日本人の人間関係は(地縁・血縁のように)、ほっておいても切れない、ほっておいてくれない関係だと思っているのです。
 (定年後、夫婦の熟年離婚は、夫の方は<夫婦は親子関係のように>切っても切れない関係だと信じているんですね。突然言われて、びっくりするんです。夫婦と言うのは、実は<意思で結ばれている関係>であって、妻はお母さんでは無かったんです)

 この辺が分かると、離婚が多い、結婚しない人が多い理由が理解できます。経済的な問題だけでは無いのです。経済的な問題が解決しても、日本人はなかなか離婚しません。憎しみあって離れず、争いになります。欧米では、別れても友人として付き合うことは珍しくはありません。

 繰り返しになりますが、欧米では個人を囲む<人の輪>は、家族と友人だけ、それ以外は無いからです。(世間・会社・地域・親戚付き合い・婦人会・青年団・PTA・消防団に曖昧に入れられることはありません)。
 個人の意思関わる集団が重要な意味を持ちます。ボランティアや教会(宗教)・政治活動・市民活動(環境問題)などです。これらはあくまで、あくまで個人の意思での結びつきですから、原則的に誰でも自由に出入りできる関係なのです。自分がかかわりを持たなければ、一人になってしまいます。

 *信仰がある人もいるかもしれません。この辺はバラバラで意見が言えません。

日本語に秘められた意味

 日本語はたびたび、受け身で話します。「泥棒に入られた」「妻に逃げられた」、これは誰でも普通に使います。しかし英語では決して言いません。「泥棒が入った・妻が逃げた」と言います。
受身形では、文字どうり、主体性が感じられません。それと同時に、もう一つの問題が隠されています。文を疑問文にして見ましょう。
「私は、なぜ、泥棒に入られた?・私は、なぜ、妻に逃げられた?」。日本文は自分中心で、外の世界、泥棒という他者の都合が見えてきません。妻は何を考えたのか、思考に他者が入りません。これを英文で言うと「なぜ泥棒が入った?なぜ、妻は逃げた?」と、直接、他者の考えに触れます。
 夫婦の間でも「お父さん・お母さん」と呼び合います。これは外の人に向かっても使いますから、外の人には、本当の父や母なのか区別がつきません。他者からの視点が無いんです。
 これを大きな社会で考えますと。敗戦を終戦といい、「徴兵に取られた」と言い、主体があいまいで、他者がいなくて、言葉が内側に向かっています。
 
 「うちの子は頭が悪くて」とよく言います。これを謙遜と言い、美徳とさえ感じます。これを欧米人が聞くと「虐待しているのか?」と思うそうです。自分の子供を悪く言う親は、子供は自分の1部(違う人格とは思っていなくて)で、自分は優れていない、と言っているんですね。擬似母子関係は常に一体化を求めます。
 また、夫婦の事で、外に向かって結婚した相手の事を「誰ももらい手がいないので・・慈善事業で結婚してやった。」などと言います。言われたほうも笑っている事があります。しかし、二人だけの時は絶対そんな事はいいません。喧嘩の時だけです。
依存の強い関係は、内側の事は正確には話しません。むしろ秘密にします。
こうした夫婦の一体感を、外に見せる事で、仲が良いと思わせている言葉なのです。
 関係性が変ってきました、今そんなこと言うと、本当に離婚まで行きそうです。

 <してあげた、してもらった、裏切られた>は、相手に対して、自分の勝手な期待(甘え)がありますね。

 なぜ謙遜の文化が生まれたのか考えてみましょう。農業は人より優れていることは意味が無いからです(田植えや草取りが優秀でもたいした意味が無い)。それによって、<みな同じと言う和>から離れ、他者となることを恐れるのです。それより、コツコツとじみちに草取りをする、<努力>や<根性>が重要なのです。

  ーーいか④に続くーー


 

theme : うつ病(鬱病)、メンタルヘルス
genre : 心と身体

comment

管理者にだけメッセージを送る

「みんないっしょ病」ですね!

なるほど、と考えさせられました。欧米人と比較してみると日本人の特徴が良く分かりますね。日本人は、個人としての自立・自律がないのですね。「寄らば大樹の陰」がすきなのでしょう。「みんないっしょ」でないと、不安になるのでしょう。ボクはかつて、「みんないっしょ病」という言葉を使ったことがあります。多くの日本人が、この病にかかっているのではないかと思っています。次回を楽しみに!
プロフィール

関本塾 岡崎市

Author:関本塾 岡崎市
愛知県の山奥生まれ、岡崎市に住んでます。そば屋を27年、足つぼマッサージ7年、三味線も弾きます。
 趣味はたくさん、山登り・音楽(作詞・作曲)・オートバイ・旅行(バックパッカー)・手作り工作・猫のミーちゃん・生物医学、などなど、
 癌になって気付きました。心と体の開放(生き生きする事)が1番大事だって!!

Google自動翻訳
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
FC2カウンター
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。