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10月16日から31日までお休みします。


来週から16日から月末まで、研修のため関本塾と<はるみの>は休業します。よろしくお願いします。11月から再開です。どこへ?ヒントの図。それにしても宿が安い、どうなってるの?英語が通じないらしい、それはそれで・・問題なし。

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もろもろ、僕のfavebookより



 昔、南の島で漁師をしている頃。浜でボーとしていると、小さな小枝がぷかぷかと流れ着いてくる。村の古老にどうしてと聞くと・・。渡り鳥は何千キロも旅をして海を渡る。クチバシに小枝をくわえて渡るのだそうだ。どうしても疲れた時、その小枝を海に落として、その枝にとまって休む。そして、またクチバシにくわえて旅をする。浜に流れ着く小枝は、力尽き海を渡れ無かった鳥が運んでいたのもの。ということだった。
切なさは大事ですね。日常のせわしない世界から、非日常の世界への扉を開きます。生き物の、生き死にを感じることで、ほど(適度・寛容)を知り、人は人間になっていくんですね。それは悲しい墓標ではないんですね。悲しさ・楽しさ、喜びんなん、人生。マリオ書きました。

  ツバメは凄いぞ!昨日今年初めてツバメを見た。高く飛んでる。多分もっと北に行く途中なんだろう。千キロ2千キロ普通に飛んでいく。多分疲れる。しかし弁当持たずに、カバンも持たずに飛んでいく。今日は幼稚園の入園式もあった。園児も入園すると朝ちゃんと起きなくちゃいけないし、あれこれ言われ、列作ったり、みんなでいしょに何かしなければいけない。これもまた大変だ。
そこで恵子さんに聞いた、どっちがいいか?園児とツバメと。んんん・・。やっぱ園児かなぁ・。ツバメは飛ぶように設定されてるから・・。そこで僕は言った。たぶん森山さんは笑って何も答えないだろうと。無理に聞くと答えはたぶんこうだろう、何故なら、そんなことありえないから。恵子さん笑った。
 人の命は生まれた時から引き算、だんだん命が減っていく。しかし、人としての喜びは足し算。感動する気持ちや慈しみの気持ち。幸せを学んでいく。最初から人はやさしいのじゃない。学んでいく、その方が幸せだから。そういう関係であってほしい。学校や社会がそうであったなら、会社も国家もやさしいはずだ。
 仏の慈悲と人間の慈悲では分けて考えます。人間には愛ですね。ですから、常に、どう考え昇華し、修行しても、自己愛から離れません。それと相対するのが神や仏の慈悲です。人の愛が悲しみを産婿とも絶望をうむことも、老病死から逃れなない事を、もがき苦しむことを、知って救いの手を差し伸べている事知る事・感じることが、仏教やキリストのの教えだと思います。共に嘆き苦しんでくれる存在です。決してエゴは捨てられません。人間はそのもがきの中にいるのです。それを知る事が仏智そのものです。まあ・・ストレスですね。

 これも勉強会で教えてもらった、知識だけどね。知ったかぶりの、知ったかブッタ!でも、ある出来事が自分に起きて、確信しています。15年ほど以前、僕はキリスト教における、贖罪はないといっていました。その時、ある友人の長老格の人が、いやあると言っていました。しかし今、僕は先に書いた意味で、贖罪はあるといいい。その人は、ヤッパリ贖罪はない、と言っています。面白いですね。扉が開いて、分ったと思った瞬間から。既に扉の外に立っている。何時までも、同じところ。それでいいと思えるのですが・・。それ以上はないんです。人間ですから。
 僕は<ささやかな・ひっそりした暮らし>とか<みんなが団結>そういう考えは嫌いだ。日常の何気ない、ほんの些細な行動にも、民の意思が現れ、少しづつ社会が変わっていく。大晦日にお寺に行ってお参りし、初詣に行って小銭を投げる。お葬式をしたり町内会で村の神社を維持する。何が問題なのか?王や伝統・文化を利用してお金を稼ごうとする集団は右翼ではない。夫婦・家族や国家・文化に愛を訴える新宗教に、あなたはどう反論するのか?同意するのか。未来は突然の独裁者によって決まるのではない。小さな善意と愛によって生まれる。

 教育実習をして、指導教諭にきつく注意されたこと。僕が生徒に向かって<わかりましたか?わかりましたね!>と強く言った事。反省を求められた。でもふつうに教師は言っている<わかりましたね>。理解を強要している。聞くだけなら良し。それが実習生にできるかどうか別にして、普通の教諭にできてるとは思わないけど正解。
繰り返し暗記させることはどうなのか。高校の古典の教諭はまず分法を暗記させて進んでいった。知らないから暗記するしかない。考え方や教育勅語を暗記させるのはどうなのか。思想を暗記させるのは洗脳としては正解だけど、民主主義の教育としてはダメ。考えることをなくすわけだから。
恐育実習(?)で学んだこと、もう一つ。生徒に近づきすぎない。若干、人の問題だから正解はないけど、相手がそう思ったり感じてないのに入り込むのは間違い。金八先生は昔の、強い関係を求める社会でのこと。教育は一人で生きていける力をつける事。そんなこと考えてました。お誕生日メールの返信からでした。なんかおかしいのかな・・・。

 高校卒業、めでたくもなし。考える。お金がない、大学行くかどうか?大丈夫、お金が十分なくても大学に行ける。ふうつは年間100万円ほどかかる、国公立も60万ほどかかる(入学金30万もいる)。違う!そんなに高く払わなくても大学に行ける。大学には昼間と夜と通信制と、インターネット大学がある。
因みに東洋大学は昼は入学金・授業料25・70万。イブニングコース、18・43万。通信、2.40万。バイトの時間の取り方によれば比較的楽に卒業できる。(文系です)
ネットはさらに安い。国公立大学は怠けている。イブニングコースが無い。奨学金もあるけど高校のペーパーテストができた子だけ、優遇するのは怠慢だ。教育者として怠慢だ。
金のない学生の皆さん、どうぞ胸を張って、<貧乏でも学校に入れさせろ>と叫んでください。あきらめる必要はないんです、勉強する気があるのなら・・。

 大学を卒業、めでたくもありめでたくもなし。どうする?希望の就職できなくて・・。大丈夫だよ。誠実に生きてりゃなんとでもなる。普通というのが無いんだな~~人生は。みんないい学校へ行こうとして、みんないい会社や組織に就職しようとする。同じように結婚し、同じように幸せになろうとする。同じはないんだな==、。日本の学校は同じ服装で同じことができるように教育する。無理だ・・。実社会は違う。たとえば貯金。同じようにスマホ代払って、同じようなアパートに住んで、外食飲み食いする。貯金が出来るわけない。企業が価格を設定するのは、普通の人か消費できるぎりぎり高い価格を狙って、よりたくさんの消費をあおり販売するわけだから。それにつられていたら預金はできない(宣伝・広告の商品の事)。みんなと同じって発想は、自分もそうでなかったらみじめって事で、悲しく感じる。しかし、それに合わせたらいくら稼いでも貯金はできない。
まともに就職できなかった皆さんに僕は言いたい。みんなと違ったスタートは、それだけで、自分の人生がやっとできるって事だ。僕がそうだからね。みんなと同じと普通の暮らしはないんです。
 

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サヨナラの後で

『さよならのあとで』

                     ヘンリー・スコット・ホランド

 

死はなんでもないものです。

私はただとなりの部屋にそっと移っただけ。

私は今でも私のまま あなたは今でもあなたのまま。

私とあなたは、かつて私たちがそうであった関係のままで これからもありつづけます。

私のことをこれまでどおりの 親しい名前で呼んでください。

あなたがいつもそうしたように 気軽な調子で話しかけて。

あなたの声音を変えないで。

重々しく、悲しそうな 不自然な素振りを見せないで。

私たち二人が面白がって笑った 冗談話に笑って。 人生を楽しんで。

ほほえみを忘れないで。

私のことを思ってください。

私のために祈ってください。

私の名前がこれまでどおり ありふれた言葉として呼ばれますように。

私の名前がなんの努力もいらずに自然に あなたの口の端にのぼりますように。

私の名前が少しの暗いかげもなく 話されますように。

人生の意味はこれまでと変わっていません。

人生はこれまでと同じ形でつづいています。

それは少しも途切れることなく これからもつづいていきます。

私が見えなくなったからといって どうして私が忘れられてしまうことがあるでしょう。

私はしばしばあなたを待っています。

どこかとても近いところで。

あの角を曲がったところで。

すべてはよしです。

 

【週報コラム】   おすすめの一冊 

  Y M

 

この詩の作者は、ヘンリー・スコット・ホランドで、英国教会の神学者であり、経済や貧困、戦争などの社会問題について思索した哲学者でもありました。

昨年、この本に出会って何度か読み返し、早速数冊購入して手元に置いておきました。そして、親しい友人が連れ合いを見送った時に送りました。

悲しみをやわらげてくれたら、という祈りをもって!

お休みのお知らせ

4月10日から25日までお休みします。大変ご迷惑をおかけします、なにとぞご勘弁願います。以下facebookにのせたもの。

昔、南の島で漁師をしている頃。浜でボーとしていると、小さな小枝がぷかぷかと流れ着いてくる。村の古老にどうしてと聞くと・・。渡り鳥は何千キロも旅をして海を渡る。クチバシに小枝をくわえて渡るのだそうだ。どうしても疲れた時、その小枝を海に落として、その枝にとまって休む。そして、またクチバシにくわえて旅をする。浜に流れ着く小枝は、力尽き海を渡れ無かった鳥が運んでいたのもの。ということだった。
 切なさは大事ですね。日常のせわしない世界から、非日常の世界への扉を開きます。生き物の、生き死にを感じることで、ほど(適度・寛容)を知り、人は人間になっていくんですね。それは悲しい墓標ではないんですね。悲しさ・楽しさ、喜びんなん、人生。マリオ書きました。

 ツバメは凄いぞ!昨日今年初めてツバメを見た。高く飛んでる。多分もっと北に行く途中なんだろう。千キロ2千キロ普通に飛んでいく。多分疲れる。しかし弁当持たずに、カバンも持たずに飛んでいく。今日は幼稚園の入園式もあった。園児も入園すると朝ちゃんと起きなくちゃいけないし、あれこれ言われ、列作ったり、みんなでいしょに何かしなければいけない。これもまた大変だ。
 そこで恵子さんに聞いた、どっちがいいか?園児とツバメと。んんん・・。やっぱ園児かなぁ・。ツバメは飛ぶように設定されてるから・・。そこで僕は言った。たぶん森山さんは笑って何も答えないだろうと。無理に聞くと答えはたぶんこうだろう、何故なら、そんなことありえないから。恵子さん笑った。

 人の命は生まれた時から引き算、だんだん命が減っていく。しかし、人としての喜びは足し算。感動する気持ちや慈しみの気持ち。幸せを学んでいく。最初から人はやさしいのじゃない。学んでいく、その方が幸せだから。そういう関係であってほしい。学校や社会がそうであったなら、会社も国家もやさしいはずだ。
 仏の慈悲と人間の慈悲では分けて考えます。人間には愛ですね。ですから、常に、どう考え昇華し、修行しても、自己愛から離れません。それと相対するのが神や仏の慈悲です。人の愛が悲しみを産婿とも絶望をうむことも、老病死から逃れなない事を、もがき苦しむことを、知って救いの手を差し伸べている事知る事・感じることが、仏教やキリストのの教えだと思います。共に嘆き苦しんでくれる存在です。決してエゴは捨てられません。人間はそのもがきの中にいるのです。それを知る事が仏智そのものです。まあ・・ストレスですね。

 これも勉強会で教えてもらった、知識だけどね。知ったかぶりの、知ったかブッタ!でも、ある出来事が自分に起きて、確信しています。15年ほど以前、僕はキリスト教における、贖罪はないといっていました。その時、ある友人の長老格の人が、いやあると言っていました。しかし今、僕は先に書いた意味で、贖罪はあるといいい。その人は、ヤッパリ贖罪はない、と言っています。面白いですね。扉が開いて、分ったと思った瞬間から。既に扉の外に立っている。何時までも、同じところ。それでいいと思えるのですが・・。それ以上はないんです。人間ですから。

 僕は<ささやかな・ひっそりした暮らし>とか<みんなが団結>そういう考えは嫌いだ。日常の何気ない、ほんの些細な行動にも、民の意思が現れ、少しづつ社会が変わっていく。大晦日にお寺に行ってお参りし、初詣に行って小銭を投げる。お葬式をしたり町内会で村の神社を維持する。何が問題なのか?王や伝統・文化を利用してお金を稼ごうとする集団は右翼ではない。夫婦・家族や国家・文化に愛を訴える新宗教に、あなたはどう反論するのか?同意するのか。未来は突然の独裁者によって決まるのではない。小さな善意と愛によって生まれる。

 教育実習をして、指導教諭にきつく注意されたこと。僕が生徒に向かって<わかりましたか?わかりましたね!>と強く言った事。反省を求められた。でもふつうに教師は言っている<わかりましたね>。理解を強要している。聞くだけなら良し。それが実習生にできるかどうか別にして、普通の教諭にできてるとは思わないけど正解。
繰り返し暗記させることはどうなのか。高校の古典の教諭はまず分法を暗記させて進んでいった。知らないから暗記するしかない。考え方や教育勅語を暗記させるのはどうなのか。思想を暗記させるのは洗脳としては正解だけど、民主主義の教育としてはダメ。考えることをなくすわけだから。
恐育実習(?)で学んだこと、もう一つ。生徒に近づきすぎない。若干、人の問題だから正解はないけど、相手がそう思ったり感じてないのに入り込むのは間違い。金八先生は昔の、強い関係を求める社会でのこと。教育は一人で生きていける力をつける事。そんなこと考えてました。お誕生日メールの返信からでした。なんかおかしいのかな・・・。

 高校卒業、めでたくもなし。考える。お金がない、大学行くかどうか?大丈夫、お金が十分なくても大学に行ける。ふうつは年間100万円ほどかかる、国公立も60万ほどかかる(入学金30万もいる)。違う!そんなに高く払わなくても大学に行ける。大学には昼間と夜と通信制と、インターネット大学がある。
因みに東洋大学は昼は入学金・授業料25・70万。イブニングコース、18・43万。通信、2.40万。バイトの時間の取り方によれば比較的楽に卒業できる。(文系です)
ネットはさらに安い。国公立大学は怠けている。イブニングコースが無い。奨学金もあるけど高校のペーパーテストができた子だけ、優遇するのは怠慢だ。教育者として怠慢だ。
金のない学生の皆さん、どうぞ胸を張って、<貧乏でも学校に入れさせろ>と叫んでください。あきらめる必要はないんです、勉強する気があるのなら・・。

 大学を卒業、めでたくもありめでたくもなし。どうする?希望の就職できなくて・・。大丈夫だよ。誠実に生きてりゃなんとでもなる。普通というのが無いんだな~~人生は。みんないい学校へ行こうとして、みんないい会社や組織に就職しようとする。同じように結婚し、同じように幸せになろうとする。同じはないんだな==、。日本の学校は同じ服装で同じことができるように教育する。無理だ・・。実社会は違う。たとえば貯金。同じようにスマホ代払って、同じようなアパートに住んで、外食飲み食いする。貯金が出来るわけない。企業が価格を設定するのは、普通の人か消費できるぎりぎり高い価格を狙って、よりたくさんの消費をあおり販売するわけだから。それにつられていたら預金はできない(宣伝・広告の商品の事)。みんなと同じって発想は、自分もそうでなかったらみじめって事で、悲しく感じる。しかし、それに合わせたらいくら稼いでも貯金はできない。
まともに就職できなかった皆さんに僕は言いたい。みんなと違ったスタートは、それだけで、自分の人生がやっとできるって事だ。僕がそうだからね。みんなと同じと普通の暮らしはないんです。

臨時営業時間変更

3月5日、日曜日、はるみのと関本塾は午後3時ぐらいでお店を閉じます。よろしくネット。
通常当店は月・火定休日。営業時間は10時半から夜8時までです。

それと、春と秋に半月ほど長期休日を取ります。
世の中、ブラックや灰色が話題にのぼりますが、うちはホワイトってとこかな・・。

そんなに働かなくても、一食2千円だの5千円だの、高級食材・産地直送、新鮮だの、
何とかシェフだの、高いもの食べんでも、おいしいもんは・お安くていごごちのいいレストランは いくらでもあるのだ。


テレビやマスコミ・ネットに騙されないで・・。一食500円でお良いしいものが食べられる。その分だけ働かんで時間を自分のものにしよう。
それが豊かさ、それが、本当のグルメの選択なのだ、そう思うのでした。    
プロフィール

関本塾 岡崎市

Author:関本塾 岡崎市
愛知県の山奥生まれ、岡崎市に住んでます。そば屋を27年、足つぼマッサージ7年、三味線も弾きます。
 趣味はたくさん、山登り・音楽(作詞・作曲)・オートバイ・旅行(バックパッカー)・手作り工作・猫のミーちゃん・生物医学、などなど、
 癌になって気付きました。心と体の開放(生き生きする事)が1番大事だって!!

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